見えない電気のムダを見つける:地方製造業のエネルギーマネジメントシステム入門
地方製造業が直面するエネルギーコスト高騰の課題
地方の中小企業、特に製造業の皆様におかれましては、日々の経営において様々な課題に直面されているかと存じます。人手不足への対応、生産性の向上、技術継承の難しさなど、挙げればきりがありません。加えて近年、事業運営に不可欠なエネルギー、特に電気料金の高騰が経営を強く圧迫する要因となっています。
エネルギーコストの上昇は、製品の製造原価に直接影響し、価格競争力の低下を招く可能性があります。また、利益率を圧迫し、設備投資や人材育成といった未来への投資を難しくすることにもつながります。このような状況下で、エネルギーコストの削減は、もはや単なる経費節減の取り組みではなく、企業の存続と成長のための喫緊の課題となっています。
しかし、「どこに電気のムダがあるのか分からない」「漠然とした節電しかできていない」と感じている経営者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。工場全体の電気の使い方を正確に把握することは容易ではなく、まさに「見えないムダ」が潜んでいる場合が多いのです。
本記事では、この「見えない電気のムダ」をテクノロジーの力で見つけ出し、エネルギーコスト削減を実現するための有効な手段として、エネルギーマネジメントシステム(EMS)に焦点を当ててご紹介します。EMSの基本的な仕組みから、導入によって得られる具体的なメリット、そして導入への道筋までを、地方製造業の皆様の視点に立って分かりやすく解説してまいります。
なぜ「見えないムダ」が発生するのか
製造業の工場では、様々な設備が稼働しており、それぞれが多くの電力を消費しています。しかし、以下のような理由から、どこで、いつ、どれだけ電力が無駄に使われているのかが見えにくくなっています。
- 全体の消費量しか把握していない: 電力会社からの請求書やデマンド監視装置で工場全体の総使用量は把握できても、個別の設備や工程ごとの詳細な使用状況は分かりません。
- 設備の稼働状況との紐付けができていない: 「この時間帯に電力使用量が多い」ということは分かっても、「その原因がどの設備の、どのような運転状態によるものか」までは把握できていない場合があります。
- 待機電力や軽負荷時の電力消費: 設備が稼働していないように見えても、待機電力や、生産量が少ない際の非効率な運転による電力消費が発生していることがあります。
- ピーク時の電力使用: 契約電力(デマンド値)は、工場全体での最大使用電力によって決まります。一時的なピーク発生が基本料金を押し上げる原因となりますが、そのピークが「いつ」「何によって」引き起こされたのか特定が難しい場合があります。
- 勘や経験に頼った運用: 熟練作業員の勘や経験に基づいた省エネ対策は有効な場合もありますが、データに基づいた客観的な分析や、工場全体の最適化は困難です。
このような「見えないムダ」を放置していると、知らず知らずのうちに不要なコストを払い続けてしまうことになります。
エネルギーマネジメントシステム(EMS)とは何か
エネルギーマネジメントシステム(EMS)は、工場や建物全体のエネルギー使用状況を「見える化」し、効率的な管理と最適化を支援するためのシステムです。平たく言えば、「工場の電気やその他のエネルギーが、いつ、どこで、どれくらい使われているかを詳しく記録・分析し、無駄をなくすための仕組み」と言えます。
EMSは通常、以下の機能を持ちます。
- 計測: 工場内の様々な場所(設備ごと、工程ごと、エリアごとなど)に設置されたセンサーや計測機器から、電力消費量、稼働状況、温度、湿度などのデータをリアルタイムで収集します。
- 見える化: 収集したデータを分かりやすいグラフや表にして表示します。これにより、現在のエネルギー使用状況や過去の傾向が一目で把握できます。
- 分析: 収集したデータを詳細に分析し、エネルギー消費のピークパターン、非効率な運転、特定の設備での異常な消費などを特定します。AIによる分析機能を持つシステムもあります。
- 制御・最適化: 分析結果に基づき、設備の運転スケジュール調整、エアコンや照明の自動制御、再生可能エネルギー設備との連携などを行い、エネルギー使用を最適化します。
EMSを導入することで、これまで感覚的だったエネルギー管理が、データに基づいた根拠のある取り組みへと変わります。
EMS導入で得られる具体的なメリット(経営者視点)
EMSを導入することは、単にシステムを入れること以上の価値を地方製造業にもたらします。経営者の視点から見た主なメリットをご紹介します。
- エネルギーコストの削減: 最も直接的なメリットです。ムダな電力消費を特定し削減することで、電気料金の低減に直結します。ピークカットやピークシフトにより、基本料金の削減も期待できます。システムによっては10%以上のエネルギーコスト削減を実現した事例も報告されています。
- 生産効率の向上: 設備の稼働状況とエネルギー消費量を紐付けて分析することで、生産ライン全体の非効率な部分を発見できます。これは単なる省エネだけでなく、生産プロセス改善のヒントにもなります。
- 設備の予知保全: 個別設備の電力消費パターンを監視することで、普段と異なるパターン(急激な消費増加、不安定な消費など)を検知し、故障の兆候を早期に発見できる場合があります。突発的な設備停止リスクを減らし、保全コストの最適化につながります。
- 従業員の省エネ意識向上: エネルギー使用状況の「見える化」は、現場の従業員にも省エネの重要性を認識させ、自発的な改善行動を促す効果があります。
- GX(グリーントランスフォーメーション)への貢献: エネルギー使用量の削減は、温室効果ガス排出量の削減につながります。企業の環境配慮への取り組みとして対外的にアピールでき、取引先からの評価向上や新たなビジネス機会にもつながる可能性があります。
- 補助金・優遇税制の活用: 省エネやDX推進に関連する国や自治体の補助金制度の対象となる場合があり、導入コストの負担軽減につながります。(制度の詳細は後述)
EMS導入のステップと検討事項
EMSの導入は難しそうに思えるかもしれませんが、段階的に進めることでスムーズに導入を進めることができます。
- 目的と現状の把握: なぜEMSを導入したいのか(コスト削減、GX推進など)目的を明確にします。現在の電気の使い方、主要な設備、課題などを整理します。
- システムの選定: 自社の規模や目的に合ったシステムを選びます。クラウド型であれば初期投資を抑えやすく、遠隔での監視も容易です。必要な機能(見える化、分析、制御など)を確認します。技術的な知識に不安がある場合は、サポート体制が充実しているベンダーを選ぶことが重要です。
- 設置工事: センサーや通信機器、データ収集装置(ゲートウェイなど)を設置する工事が必要です。工場全体のネットワーク環境も考慮する必要があります。
- 運用とデータ活用: システムが稼働したら、まずは「見える化」されたデータを従業員と共有し、ムダについて話し合うことから始めます。収集データを分析し、改善目標を設定、具体的な対策(設備の運転方法変更、稼働スケジュール見直しなど)を実行します。
- 効果測定と継続的改善: 実施した対策の効果をデータで確認し、更なる改善点を探します。EMSは導入して終わりではなく、継続的に活用することで最大の効果を発揮します。
スモールスタートも可能: 一度に工場全体に導入するのが難しい場合は、特定のラインや消費電力の大きい設備から段階的に導入する「スモールスタート」も有効です。これにより、導入効果を確認しながら、リスクを抑えて進めることができます。
導入への不安を解消するために
テクノロジー導入に際して、コストや運用、技術的なハードルなど、様々な不安を感じることは自然なことです。
- コスト: システムの種類や規模によりますが、クラウド型のサービスであれば初期投資を抑えつつ始められるものがあります。また、EMSによるコスト削減効果は、多くの場合、数年で初期投資を回収できるレベルに達します。導入前に、想定される削減効果と投資額のバランスを試算することが重要です。
- 技術的な難しさ: 近年提供されているEMSの多くは、専門的な知識がなくても直感的に操作できるよう設計されています。ベンダーによる導入支援や操作研修、運用サポートも提供されているため、これらのサービスを活用することで、技術的な不安は大きく軽減できます。
- 運用負担: システムによる自動制御機能や、定期的なレポート作成機能などを活用することで、日常的な運用負担を軽減することが可能です。また、データ分析や改善活動の推進は、社内の特定の担当者を中心に進める、あるいは外部コンサルタントの支援を受けるなどの方法も考えられます。
- 補助金・支援制度: 国(経済産業省、環境省など)や各自治体では、中小企業の省エネ設備導入やDX推進に対して様々な補助金・支援制度を提供しています。EMS導入がこれらの対象となる可能性は高く、導入コストの負担を大幅に軽減できます。公募時期や要件がありますので、常に最新の情報を確認することをお勧めします(例えば、経済産業省の「省エネルギー投資促進に向けた支援事業費補助金」や、各自治体の省エネ推進補助金など)。これらの情報は、各省庁や自治体のウェブサイト、または商工会議所などで入手できます。
まとめ
エネルギーコストの高騰は、地方製造業の経営にとって無視できない大きな課題です。この課題に対し、エネルギーマネジメントシステム(EMS)は、「見えない電気のムダ」をデータに基づいて明確にし、コスト削減、生産性向上、そして環境負荷低減という複数のメリットをもたらす有効なテクノロジーです。
EMSの導入は、初期に検討すべき事項やコストは伴いますが、スモールスタートや補助金・支援制度の活用、そしてベンダーのサポートによって、そのハードルは決して超えられないものではありません。データを活用したエネルギー管理は、未来の地方製造業が競争力を維持し、持続可能な経営を実現するための重要な一歩となります。
ぜひ、貴社のエネルギー使用状況を「見える化」することから、コスト削減、ひいては未来への投資に向けた一歩を踏み出してはいかがでしょうか。